総合人事コンサルティングのフォー・ノーツ株式会社は、代表取締役社長・西尾太の著書『この1冊ですべてわかる 人事制度の基本』出版記念特別セミナー【聞いた後でジワジワくる‼西尾太の「地味な」人事の話】を2022年11月17日、TKP東京駅日本橋カンファレンスセンターにて開催いたしました。本記事は、このセミナーの内容を再構成・加筆してお届けしています。今回のテーマは、「何に対してお金を払うのか?」。人事制度設計の根本的な考えを整理しましょう。
人事ポリシーの重要なポイントに、「何に対してお金を払うのか」という選択があります。社員の「何」を評価して、何に対して「給与」や「賞与」を払うのか、ここを明確にするのです。
人事制度には、上記のように様々な主義、要は「評価や給与に対する考え方」があります。「成果」を見るのか、「行動」を見るのか、「能力」を見るのか、あるいは「職務」を見るのか。職務とは、今でいうジョブ型ですね。それとも「年齢」「勤続」「年功」を見るのか。年功とは、過去の功績です。社員が生活できることを重視して、住宅手当や家族手当を払う「生活保障主義」という考え方もあります。
これらは、何が正しいというわけではありません。しかし、どのような主義なのかによって、人事制度や評価の方法、給与の払い方などが変わってきます。
たとえば、「成果」と「行動」と「能力」は何が違うのか。わかりやすい例で考えてみましょう。
「成果」を「今日は時間通りにセミナー会場に行く」こととしましょう。あなたには、そのために必要な「到着時間を計算する」「電車に乗ることができる」などの「能力」があります。能力とは、潜在的なスキルや知識を指します。
能力のある人が「今日は時間通りにセミナーに行こう」というモチベーションを持って、到着時間を調べ、正しい時間に電車に乗る「行動」をすれば、「成果」は達成できるはずです。
ところが、そのモチベーションがなかったり、「正しい時間に電車に乗る」という行動をしなければ、時間通りにセミナー会場に着くという「成果」は達成できませんよね。スマホを忘れた、電車が止まったなどのアクシデントが起こった場合も、時間通りにセミナー会場に着くことはできないでしょう。
つまり「能力」を持っていても、「行動」をしなければ、「成果」を出すことはできないのです。また、「行動」をしても「成果」は運や環境に左右されるため、必ずしも結果が出るとは限らないのです。
もし成果が出ないのならば、運が悪いのか、行動ができていないのか、モチベーションがないのか、そもそもそれをやる知識・スキルがないのか、どこかにエラーがあるはずです。
さて、あなたの会社は、社員の「何」を評価しますか。成果ですか、行動ですか、能力ですか?
時間通りにセミナー会場に着くこと=「成果」を評価するのか、正しい時間に電車に乗ること=「行動」を評価するのか、それとも電車に乗ることができるなどの「能力」を評価するのか、どうしますか?
「成果主義」は、結果を見ます。「頑張って行動したけれどダメだった」は評価しません。逆に「頑張らなかったけど、運よく結果が出た」は評価します。たとえば「大して努力はしなかったけれど、クライアントが急に大型受注をくれる」ことってありますよね。それも評価します。
「行動主義」は、「頑張ったこと」が見えれば、評価します。「営業活動はしっかりやっていたけれど、クライアントの急な方針変更で受注が止まった」など、結果が出なかった場合も評価します。
「能力主義」は、スキルや知識を持っていれば、評価します。成果が出ていなくても、行動をしていなくても、「ベテランだから経験値が高い。だから能力も高いはず。その潜在的な能力に対して、お金を払う」という考え方です。
日本型雇用システムと呼ばれる、年功序列や終身雇用は、「能力主義」と非常に相性が良かったのです。「長く働いていれば、能力は高まるはず。だから年功で処遇できるよね」、日本では高度成長期以降、こうした考え方が広く定着してきました。
しかし、バブルが弾けたときに、能力は持っているはずだけど、成果を出さないおじさんたちに困って、大量にリストラしたわけです。
で、「これからは成果主義だ」となったわけですが、成果は運や環境に左右されます。「頑張ったけど、結果が出ないときはどうするの?」「頑張らなかったけど、結果が出た場合はどうするの?」という話になり、「成果だけじゃダメじゃね?」と考えを改め「成果」と「行動」を見るようになりました。
そうして現在に至っているわけですが、どの考え方が正解ということはありません。しかし、御社は何を評価して、何に対してお金を払うのか、ってことは明らかにしておく必要があると思います。
人事制度には、日本に根強く残っている「年齢主義」と「勤続主義」という考え方もあります。上記のように、パフォーマンスは同じだけど、年齢が違う、または勤続が違う場合、処遇はどうしますか?
同じでいいですか? 年齢が高い人や勤続が長い人を高く処遇しますか?
それとも、若い人や勤続年数が短い人を評価しますか? ちょっと考えてみてください。
年功を重視して年齢が高い人や勤続が長い人を高く処遇する会社もあれば、パフォーマンスが同じであれば、45歳も35歳も処遇は一緒という会社もあります。
若い人のほうが伸び代があるだろうと考えて、「45歳と35歳で同じパフォーマンスだったら、35歳のほうを高く評価して、どんどん抜擢していきたい」という会社も増えています。
これが人事ポリシーの違いです。「うちは年齢を大事にする」「うちは勤続を大事にする」「うちは伸び代を大切にする」、どれでもいいのです。ただし、その考え方を経営陣と人事の皆様で握っておくことが大事なのです。なぜなら「〇〇だから同じ処遇なんです」「〇○だから年齢の高い人を評価します」といったポリシーを明確にしておかないと、給与の根拠を説明できなくなってしまうからです。
「何に対してお金を払うのか」については、「後払い型」と「時価払い型」という考え方の違いもあります。下の図は、「後払い型給与制度」と「時価払い型給与制度」を示しています。
「後払い型給与制度」とは、若いうちは給与を低めに抑えておいて、40代や50代になったら、その分高い給与がもらえる仕組みです。「お子さんが大学に入ると、お金がかかるよね」といった生活保証的な考え方で、社員に安心感を与えたり、生活設計がしやすくなるメリットがあります。
一方、「時価払い型給与制度」は、「今のパフォーマンスに対して、今お金を払うよ」という仕組みです。時価払いなので過去は見ません。ベテラン社員に対して「これまで長年に渡って会社に貢献してくれたんだ」という経営者も多くいらっしゃいますが、最近はこの時価払い型も増えてきています。
また、給与や賞与には、「投資」と「精算」という2つの考え方があります。投資とは、「未来に想定される成果に対して支払われるもの」、精算とは「直近(半年や1年)にあげた成果・功績に対して支払われるもの」と考えます。
たとえば、お給料が25万円だとしたら「今は25万円の価値はないけれど、いつか会社に戻してね」というのが「投資」。「25万円の成果を出しましたね。だから還元するよ」というのが「精算」です。
「給与が投資」で「賞与が精算」という考え方が一般的ですが、これについても「基本給って何に対して払っているの?」「ボーナスは何に対して払うの?」と改めて整理してみてください。
給与や賞与には、「積上・積下方式」と「洗い替え方式」という考え方もあります。一般的に基本給は、“昨年の水準”を基準として比率で上げ下げすることが多く、これを「積上・積下方式」と呼びます。
たとえば「昨年のお給料は25万円だったけど、それ以上の成果を出して27万円の投資価値になったね。それだけの信頼価値があるので昇給しますよ」。これが「積上・積下方式」です。
一方、昨年の支給水準は考慮せず、そのときの成果や業績によって都度、支給額を決定するのが「洗い替え方式」です。「去年は100万円の賞与だったけど、今年は知らんがな」という考え方です。
業績というのは、ボーンと最高レベルに行くときもあれば、赤字になるときもありますよね。この考え方は合理的だと思いますが、これができている会社は意外と少ないです。
給与や賞与は、社員のモチベーションにも大きく影響します。ただし、「お金をいっぱいあげれば、社員のモチベーションが買える」と思っていたら間違います。
昇給すれば、一時的にモチベーションは上がります。でも長くは続きません。「なんだよ、2万円上がると思ったのに8000円しか上がらなかったよ」と不満を抱いて、給与を上げているのにモチベーションが下がってしまう場合もあります。一度下がったモチベーションを上げるには、時間がかかります。
とはいえ、定期的に昇給することは、ひとつの合理的な考え方だとは思います。定期昇給は2%とか3%とか議論されていますが、たとえばお給料を毎月5000円上げれば、年間で6万円上がります。それで一定のモチベーションを維持することをできるなら、安いものだって考え方もあります。
昇給とモチベーションをどのように紐づけるのか、こんなことも考えてみてください。
それから、もうひとつ大事なことがあります。「成果を出す社員」と「成果を出さない社員」に差をつけるのか、つけないのか、です。よくいわれる「2:6:2」の法則についても考えてみてください。
組織は「2:6:2」で構成される、といわれています。「利益の半分以上を稼ぎ出す上位の2割」と「中間層の6割」と「低評価者、あるいは組織の足を引っ張る下位の2割」です。
下位の2割をどうしますか?
辞めてもらいますか? 給与を下げますか、そのままにしますか。そのままにしたら、上位の2割が「頑張っても頑張らなくても一緒じゃん」といって辞めてしまうかもしれません。これも経営と人事の皆様にしっかりと考えておいていただきたいことです。
ここをハッキリさせておかないと、評価制度や給与制度の設計はできません。最近は「差をつけよう」という会社が増えていますが、これは経営者によって考え方が大きく異なります。
制度を入れると、おそらくアゲインスト(逆風)が吹き荒れます。評価会議では評価者たちによる「しのびない」「Bをつけたら給与が下がるんでしょ。だったらAをつけるわ」「お子さんが今度高校生なんだよね。低評価はつけられないよ」といった発言が頻発するでしょう。
「もうすぐ定年だから、記念昇格させたい」とか「あと3年で定年だからAにしよう」とか「なんですか、それは…?」という話も実際によく聞きます。
そういう発言に対して「うちは考え方が違うんですよ」「こういうポリシーがあるんですよ」といった毅然とした態度を取れないと、結局、人事制度を作っても回らないよ、という話なんです。
もしそれを認めるのであれば、「温情主義」というポリシーを定めるべきだと思います。それも考え方のひとつです。ということで、まず「考え方」をしっかりしてくださいね、というメッセージでした。
次回につづく
人事という職に就いたならば、読む“義務”がある1冊
成果主義、職務主義、年俸制、人事部廃止… 90年代から変わらぬ「人事」の構造、変わらぬ平均給与額が、日本を世界トップクラスの「社員が会社を信頼しない国」へと導いたのです。
なぜ変革が進まないのか、その背後に潜む「考え方」の欠如とは何でしょうか?
中学時代に習ったこと、覚えてますか?
多くの人にとっては、すべての勉強の基礎になっている大事な「当たり前」のことですが、思い出せと言われても思い出せる方は少ないでしょう。
この「この一冊ですべてわかる 人事制度の基本」には、人事の当たり前が詰まっています。
ー「なぜ、あの人が?」
なぜ多くの企業で「評価基準」が曖昧になっているのでしょうか。
どうすれば給与が上がるのでしょうか。
11,000人超の人事担当者から絶大な支持を得るコンサルタントが、今まで9割の会社が明かさなかった「絶対的な指標」を初公開!
テレワーク時代には「ジョブ型」に留まらず、「超ジョブ型人事」が不可欠。
その一番の理由は、テレワークをはじめとするこれからの働き方には「監視しない事が重要であるから」です。
人事の“必須科目”を押さえる
プロの人事力
次のステージに向けて成長するためのキホン
人事担当者に必要な知識・学び方、仕事に対する心構え、業務との向き合い方、さらには人事マネージャー、人事部長へとキャリアアップするために必要な能力・スキルを一挙公開
テレワークであっても成果を出すために、社員の働き方を監視する「監視ツール」を導入する企業が増えています。しかし、監視ツールを導入するよりも重要なのは、「適度なルール」と社員との「大人の関係」。
今回は、テレワークにおける人事管理の大事なことについてお話します。
創業したてのベンチャーから成長後期、大企業クラスの規模に至るまで、
会社には様々な変化があります。そしてそれは、人事部も同じ。
今回は各ステージごとの人事部の立ち位置の違いと、
人事が陥りがちなことをお伝えします。
人事がブレると、どうなってしまうのか?あまり想像ができないかもしれません。
しかし、人事のブレは採用、育成などの
「人」に関わる事柄に大きな影響を与えるため、
「人事の基盤」としてしっかり策定することが大切なのです。
人事が効果的な採用や配置をするための手段として
注目されている「人材ポートフォリオ」。
人的資源を可視化できるため、
どのような人材がどれぐらい必要かが見えやすくなります。
ではどのように活用すればよいのでしょうか。
自分が評価されるかされないかは、持っている影響力の大きさによって決まります。
自分がどんな価値を会社に提供できるのか。求められていることを理解し、影響力を高めていきましょう。
「人事の仕事」と言われてすんなりイメージできる人は少ないはず。
その理由は、人事の仕事の特性と会社の求めることとのギャップにありました。
このギャップに気づけないと、
会社からの期待に応えられない人事担当者になってしまうかもしれません。
日本企業はなぜ年功序列から脱却しなければいけないのでしょうか? 90年代のバブル崩壊からながらく脱年功序列、脱日本型雇用が掲げてられていましたが、結局ほとんどの企業は年功序列を脱し切れていません。企業を破滅に導く「年功序列」の弊害を改めて考えてみましょう。 総合人事コンサルティングのフォー・ノーツ株式会社の代表であり、『超ジョブ型人事革命』(日経BP )の著者・西尾太が、年功序列の現状と課題についてお伝えします。
コロナ渦という前代未聞の事態に見舞われた今、人事の課題はますます山積みしています。人事が強い会社でないと、これからの荒波を乗り越えていけません。人事が強い会社とは、どんな特徴があるのか?また、どのようなメリットをもたらすのか? 今回は、人事のプロフェッショナル集団、フォー・ノーツ株式会社の代表であり、『超ジョブ型人事革命』(日経BP)の著者・西尾太が、人材育成の考え方や方法を解説します。