2026.05.27
企業内の評価は、一般的に「上司が部下を評価する」ものですが、被評価者を上司・同僚・部下が評価する「多面評価」(360度評価)という方法もあります。私たちの会社でも問い合わせをいただくことが多く、実際に多くの企業が導入しています。ただし、この評価方法には多くの問題点もあります。メリット・デメリットを改めて検証してみましょう。

クライアント企業の評価会議の際、私はときどき次のように発言しています。「愛がないですねえ……」。これは見るからに“テキトー”な人事評価をしている評価者に対して発する言葉です(ごめんなさい)。
“テキトー”な人事評価とは、すべての評価項目が標準評価の「A」や、「可もなく不可もない」といったコメントのみ、フィードバックが何もない……といったものです。
人にはそれぞれ個性があり、秀でている点も課題点もあるものです。評価項目によって部下の評価は必ず凸凹があるはずなのです。すべてが「可もなく不可もない」なんて人はいないはず。それなのに中庸な評価で済ませてしまっている人事評価を見ると、お忙しいということもあるのでしょうが、「評価者としてはまだまだだな」と思ってしまいます。
あるいは、「想い」がないとも言えるでしょう。上司≒評価者とは、人材育成責任者です。部下に対して「もっと成長してほしい」という想いがなければ、育成もできないし、評価もしてはいけないのではないでしょうか。なぜ評価をするのか。それは「人を育てる責任」があるからです。メンバーに気づきを与えて成長を促すために人事評価はあるのです。
そんな上司の評価の現状に対して、「そもそも上司が部下一方的に評価するのは不公平ではないか」「部下が上司を評価してもいいのではないか」「いっそ職場の全員で評価したほうが公正なのではないか」といった声もあがっています。このような思惑から導入されることが多いのが、「多面評価」(360度評価)です。
多面評価(360度評価)とは、ある人物に対して、直属の上司だけでなく、同僚、部下など、さまざまな人が、あらゆる角度から多面的に評価する方法です。これは実際にたくさんの企業が導入しています。
多面評価は、直属の上司以外の人から評価を聞くことで、本人に気づきを促す教育や育成の参考にするには適しているでしょう。同様に、被評価者の上司の気づきにもなります。たとえば、被評価者に対する上司としての評価と、周囲からの評価が大きく剥離していたら、「自分の評価は間違っているかもしれない」という気づきにつながるはずです。
このような「気づき」を与える点においては、多面評価は有効な手法です。しかし私は、“給与に直結する人事評価の方法“としては、あまりオススメしていません。なぜなら多面評価には、次のように多くの問題点もあるからです。
① 評価基準がばらつく
明確な評価基準があり、それが全社員に浸透している状態ならともかく、そうでない場合は、それぞれの主観による評価になりがちです。好き嫌いで判断する人も、人間関係を重視する人もいるでしょう。評価の甘辛もばらついてしまいます。とはいえ、全評価者の視点を揃えることは極めて困難です。
② 期待値の高低により評価が変わる
期待値が高い人には評価が厳しくなり、低い人には「まあいいんじゃない?」と評価が甘くなりやすい傾向があります。また「厳しい上司」に対しては評価が低くなり、「甘い上司」には評価が高くなる傾向もあります。甘い上司が、必ずしも「いい上司」とは限りません。
③ 人気投票になる
仕事の成果や努力に対する評価ではなく、ただ単に人気投票になってしまう危険性があります。人気のある人は評価が高く、人気のない人は評価が低くなりがちです。上司など特定の人物の“人望”を調べる方法としては有効かもしれませんが、給与に直結する人事評価に反映させてしまうと、不当に給与が下がってしまう可能性もあります。
④ 評価を操作できる
上司の多面評価が行われる前に、その上司に御馳走されたりしたら、部下は低い評価をつけられるでしょうか。社内の仲良しグループから「お互いに良い評価にしようね」と誘われたら、拒否できるでしょうか。こうした不正を厳密に防ぐことは不可能です。
⑤ 中庸な評価になりがち
被評価者をよく知っているケースと、よく知らないケースがあり、よく知らない相手には中庸な評価になりがちです。被評価者と評価者の関係性を考慮して人選する必要があるため、運用するのが非常に困難になります。
以上のようなケースが、実際に多くの会社で見られます。また、現実的な問題として、仮に1人の人物に対して5人が評価するとしたら、評価者は通常の人事評価の5倍の手間をかけて精査することになります。それが部門全員、社員全員ということになったら、何十倍もの手間と時間がかかってしまいます。
実際に私自身もこの制度を運用したことがありますが、率直に言って、ものすごく大変でした。この評価方式を運用していくのは極めて困難。それが正直な実感であり、現時点での結論です。
多面評価は、教育目的として「被評価者の気づき」を促す方法としては有効ですが、本人の処遇に結びつくような人事評価においては、やはり「育成に責任がある人」が責任を持って評価すべきだと考えます。人事評価を上司が行うのは、そこに「育成責任」があるから。責任があるからこそ、しっかりと評価しなくてはいけないのです。
現実問題として、いろいろな部下がいるでしょう。お気に入りの部下、苦手な部下、さして関心がない部下……。お互い人間なのですから、それは否定しません。それでも評価者である上司は、すべての部下に対して、想いを持って接していただかなくてはならないのです。
評価の際、いわゆる「好き嫌い」バイアスがかかっていないか、自身を振り返りながら、一人ひとりに想いを持って評価しなくてはならない。これが人事評価の原理原則です。たとえ厳しいことを伝えたとしても、そこに「愛」(へんな意味ではないです)が感じられれば、メンバーは受け止めてくれるはずです。「想い」がある上司だとわかってくれていれば、こちらが伝えることにも耳を傾けてくれるでしょう。
「人が育っているなあ」という会社では、「あいつをどうしよう」「こいつをこうしよう」と評価者が集まって喧々諤々議論しています。皆さん真剣です。そして自分の部下以外のメンバーについても関心が高いのです。「へー、あいつってそういうところがあるんだ」「この前こんな話をしたよ」などと、“みんなでメンバーを育てよう”という想い、愛が伝わってきます。メンバーへの想いを伝えるツールが「評価」でもあるのです。
お忙しいこととは存じますが、ぜひ真正面から「評価」に向き合っていただきたいと願っております。評価者としての正しい態度・考え方、組織に合った評価指標の選び方などについては、拙著『この1冊ですべてわかる 人事評価の基本』でも詳しく解説しています。こちらも参考にしてみてください。

『この1冊ですべてわかる 人事評価の基本』
西尾太(日本実業出版社)
「人事評価」をするすべてのマネージャーの必携書。本書を読めば、人事評価制度の意義と目的、評価者としての正しい態度・考え方、組織に合った評価指標の選び方、タスクマネジメントや目標管理の手法 、評価面談と評価会議の進め方、部下のポテンシャルを引き出すコミュニケーション方法などが一気通貫に理解できます。

人事という職に就いたならば、読む“義務”がある1冊
成果主義、職務主義、年俸制、人事部廃止… 90年代から変わらぬ「人事」の構造、変わらぬ平均給与額が、日本を世界トップクラスの「社員が会社を信頼しない国」へと導いたのです。
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ー「なぜ、あの人が?」
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