人事には、人員計画・配置・採用・給与・厚生・育成・評価といった分野と、それぞれに戦略、企画、運用、オペレーションという機能があり、非常に幅広い分野の領域に関わる職種です。人事担当者は、どのように学習し、キャリアを構築していったらいいのでしょうか。本記事では、新任担当者から主力メンバーになるまでのキャリア構築の方法を「人事の学校」主宰・西尾太が解説します。今回のテーマは「人事学習のよくある勘違い」です。
人事担当者には、何が求められているのでしょうか。何から学べばいいのでしょうか。人事の採用で応募者の履歴書を見ると、資格欄に「社労保険労務士」と書いてあることがよくあります。資格は持っていなくても「社会保険労務士勉強中」とか「社会保険労務士受験実績あり」と書いてあったりします。
どこでそのように教わってるのかわかりませんが、「人事の仕事をするには、社労士の勉強をしなくてはいけない」と考えている人がとても多いようです。
でも、それは人事学習のよくある勘違い。社労士の勉強をしても「デキる人事担当者」になれるわけではありません。資格を持っていなくても、素晴らしい成果を上げている人事担当者はたくさんいます。これは「衛生管理者」や「キャリアコンサルタント」の資格であっても同じです。
なぜなら人事という職種は、取り扱う分野が非常に幅広く、さまざまな業務にたずさわる職種だからです。前回お伝えしたように、人事担当者に必要なのは、広い視野や多角的な視点。「それしかできない」人は、イタイ人事担当者になってしまいます。
人事の機能と職務を整理すると、以下のようになっています。
人事業務を大きく分けると、「人事・採用」、「給与・厚生」、「育成・評価」という3つの分野があり、「戦略」、「企画」、「運用・管理」、「オペレーション」という4段階の職務があります。
たとえば社労士の勉強が活かせるのは、主には「給与・厚生」の「オペレーション」です。具体的にいうと、給与計算や支給の実務、社会保険の手続き、福利厚生の実務、入退社の手続きといった仕事。どれも大事な職務ではありますが、たくさんある人事業務のなかの、ほんの一部にすぎません。
社労士は非常に難易度の高い、合格率の低い資格です。私も若い頃、人事への転職を考えたときに社労士の資格があったほうがいいのかなと思ったことがありました。本も買ってきて勉強したのですが、2時間くらいで挫折しました。あの勉強をコツコツできる人は素晴らしいと思います。
けれども、人事の仕事を始めて20年以上が経ちますが、社労士の勉強はあまり必要なかったというのが正直な実感です。
もちろん社労士の勉強が無駄になるわけではありません、労務関係の業務などで役には立ちますが、それは最優先事項ではありません。優先順的にも、かかる労力から考えても、そこから学ぶ必要はないと思います。人事担当者と社労士の勉強は、まったくの別物と考えてください。
社労士を目指すなら、社労士の勉強をしてください。人事担当者は、別のことから学ぶべきです。
では、人事担当者は何から学べばいいのでしょうか。まず必要なのは、人事の全体像を知ることです。たとえば、栃木県のことだけ学んでも、日本全体のことはわかりませんよね。人事も同じです。人事の全体像を俯瞰し、それぞれの関連性を知ることから始めてください。
たとえば、人事を志望する人や人事担当者になった人は、先進的な企業の先進的な取り組みを見て「面白そうだな」「楽しそうだな」と憧れを持つことが多いのではないでしょうか。世の中にはユニークな採用方法や独創的な人事施策があり、メディアでも大きく取り上げられたりしています。
表面的には華やかに見えますが、先進的な施策をおこなっている先進的な企業も、実は水面下では白鳥のように足をバタバタさせているのです。
人事の全体像は、次の図のように「ベタベタな人事」「ベタな人事」「おもしろ人事」という3段階に分けて考えることができます。
まずは基幹的人事機能として、労働法規や就業規則、労働時間の管理、給与計算、社会保険などの「ベタベタな人事」があります(ここは社労士の勉強が役に立つところですね)。これらは、企業人事をおこなう上で最低限必要となるものです。次に採用や任命・配置、等級制度や評価制度、給与制度といった「ベタな人事」があります。
これらの応用編として、採用イベントや自己申告制度、表彰制度、社内イベントといった「おもしろ人事」があります。ユニークな採用方法や独創的な人事施策は、この「おもしろ人事」に当たります。
先進的な企業が先進的な取り組みができるのは、人事全体の土台となる「ベタベタな人事」や「ベタな人事」がしっかりとできているからです。
ですが、うまくいく企業ばかりではありません。インセンティブ制度を導入したら、社員のモチベーションが下がってしまった。研修旅行を企画したら、社員が辞めてしまった。FA制度や社内公募制度を始めたら、業績が下がってしまった。むしろ、このような失敗事例のほうが多かったりするのです。
それは上記の図のような構造を知らず、「おもしろ人事」だけに邁進して、基幹的人事機能を疎かにしてしまっているからです。家を建てるときには土台が重要であるように、先進的な施策も基幹的人事機能がきちんとできていなければ、砂上の楼閣のように崩れてしまいます。
全体の景色感を見て、何がどう繋がっているのかという知識や、その繋がりに関する関連性を知ること。これこそが人事担当者にとって最も重要な最初の学びです。個別の業務について詳しく学ぶのは、あとでいいのです。まずは「浅く広く」学んで、それぞれの関連性を知ることから始めてください。
もうひとつ大事なポイントは、「やり方」より「考え方」を学ぶことです。たとえば、「労働基準法の第○条に何が書いてある」と暗記するのは、人事担当者にとってはそれほど重要なことではありません。それより大切なのは、「なぜそういう法律があるのか」を考えることです。
労働基準法というのは、「労働者を守ろう」という法律です。では、そもそもなぜ労働者を守らなくてはいけないのでしょうか。まずはそこから考えてみるのです。労務に関する「考え方」を学ことによって、就業規則や人事関連規定などの「やり方」のあるべき姿も見えてきます。
あるいは「そもそもなぜ新卒採用をやるんだっけ?」と考えてみてください。新卒採用をしても3年以内に3割が辞めると言われています。それなのに、なぜ多くの企業は新卒採用を続けているのでしょうか。「中途採用じゃダメなんだっけ?」「なんで新卒は3年で辞めちゃうんだっけ?」と考えてみることで、あるべき採用の姿や、そこから派生して評価制度や給与制度のあるべき姿も見えてきたりします。
人事担当者の皆さんには、そういう根本的な「考え方」を最初に学んでいただきたいのです。「ジョブ型雇用」も「成果主義」も「メンター制度」も、「やり方」だけ学んでもうまくいきません。
「なぜこうなっているだろう」「なぜそれをやるんだろう」「これとこれはどう繋がっているんだろう」、このように考えることこそが、デキる人事担当者になるための近道です。
ある調査によると、「人事担当者を育成する仕組みがあるか」という質問に対して、「ある」「どちらかというとある」と答えた企業の割合は16.4%でした。つまり8割の企業では、「人事担当者を育成する仕組みがない」ということなのです。
前回のコラムで、「イタイ人事担当者」とは「採用はできるけど、運用ができない」「給与のことはわかるけど、育成や評価のことはわからない」といった知識が偏った人とお伝えしました。そういう人が増えてしまっているのは、人事担当者を育成する仕組みがないからかもしれません。
私たちが提供している学習プログラム「人事の学校」では、基礎講座の第1回で「人事の全体像と人事部門の役割」、第2回で「人事ポリシーの構築」を学びます。
まずは人事業務全体を俯瞰的に見て、それぞれの関連性を知っていただき、次に人事ポリシー(企業の人に対する考え方)を学びます。断片的な情報の詰め込み学習ではなく、「人事の全体像」を学び、それぞれの人事要素の役割を理解した上で各論を学ぶ仕組みづくりをしています。
あなたの会社でも人事について俯瞰的・体系的に学べる仕組みがないのでしたら、こうした講座を利用してみてください。次回は、具体的なキャリア構築の方法についてお伝えします。
▶︎次回【担当者レベルからマネージャー、責任者に求められることは?】〜人事担当者の学習・キャリア構築③
フォー・ノーツ『人事の学校』は
企業向けの人事担当者の学習プログラムです。
毎週、それぞれのペースで動画を見て、 簡単なテストに答える「だけ」で”共通言語”が身につく
2009年開講。過去に述べ5,000人以上の人事担当者が受講
ベースとなる知識の学習、実践による定着、スキルレベルの可視化などをワンストップで提供。
人事部のあるべき姿を見出す「俯瞰的視点」の掴み方から、人事担当者の育て方、新法律の対応の仕方まで、人事にまつわる基礎知識のすべてが学べます。
人事という職に就いたならば、読む“義務”がある1冊
成果主義、職務主義、年俸制、人事部廃止… 90年代から変わらぬ「人事」の構造、変わらぬ平均給与額が、日本を世界トップクラスの「社員が会社を信頼しない国」へと導いたのです。
なぜ変革が進まないのか、その背後に潜む「考え方」の欠如とは何でしょうか?
中学時代に習ったこと、覚えてますか?
多くの人にとっては、すべての勉強の基礎になっている大事な「当たり前」のことですが、思い出せと言われても思い出せる方は少ないでしょう。
この「この一冊ですべてわかる 人事制度の基本」には、人事の当たり前が詰まっています。
ー「なぜ、あの人が?」
なぜ多くの企業で「評価基準」が曖昧になっているのでしょうか。
どうすれば給与が上がるのでしょうか。
11,000人超の人事担当者から絶大な支持を得るコンサルタントが、今まで9割の会社が明かさなかった「絶対的な指標」を初公開!
テレワーク時代には「ジョブ型」に留まらず、「超ジョブ型人事」が不可欠。
その一番の理由は、テレワークをはじめとするこれからの働き方には「監視しない事が重要であるから」です。
人事の“必須科目”を押さえる
プロの人事力
次のステージに向けて成長するためのキホン
人事担当者に必要な知識・学び方、仕事に対する心構え、業務との向き合い方、さらには人事マネージャー、人事部長へとキャリアアップするために必要な能力・スキルを一挙公開
年功序列による評価制度が崩れつつある現在ですが、
20代には20代の、30代には30代の、40代には40代の求められているものがあります。
自分の年代に求められているものは何か、しっかりと把握して評価につなげましょう。
リモートワークの普及によって、再び注目を集めている「ジョブ型雇用」や「成果主義」。これらは決して新しい考え方ではありません。では、なぜ今になって注目されているのでしょうか?それは、リモートワーク化によって、社員の作業プロセスを見ることができなくなり、出てきた「結果・成果」でしか仕事の達成未達成が判断できない状況になったからです。
「ジョブ型雇用」や「成果主義」を導入すれば、リモートワーク管理できるのでしょうか?
逆になぜ、今まで「ジョブ型雇用」や「成果主義」は浸透しなかったのでしょうか?
今回は、リモートワークの緊急普及から約8ヶ月がたった今、日本の職場はどうなっているのか?今後、どのように変わっていくべきかを議論したいと思います。
テレワークであっても成果を出すために、社員の働き方を監視する「監視ツール」を導入する企業が増えています。しかし、監視ツールを導入するよりも重要なのは、「適度なルール」と社員との「大人の関係」。
今回は、テレワークにおける人事管理の大事なことについてお話します。
近年、メンタルヘルスが引き金となった深刻なトラブルが相次いでいます。会社の責任で「うつ病」などの精神疾患になってしまった社員がいた場合、人事はどのように対応をしたらいいのでしょうか? そこで今回は、フォー・ノーツ株式会社の代表であり、『超ジョブ型人事革命』(日経BP)の著者・西尾太が、人事担当者が知っておくべきメンタルヘルスの対処法について解説します。
キャリアステップの策定は、人材育成と離職率の低下に欠かせない施策です。
しっかりとしたキャリアステップを描き、浸透させ、社員の成長を促しましょう。
人手不足倒産が増えています。約7割の企業が人手不足に陥り、2024年には約8割の企業が賃上げを検討しています。その一方、給料が高くなくても優秀な若手を集めている企業もあります。給与アップだけが、人材不足を解消する手段ではありません。今回は、若くて優秀な若手を集めている企業に共通する「3つのポイント」を紹介します。
「人事の仕事」と言われてすんなりイメージできる人は少ないはず。
その理由は、人事の仕事の特性と会社の求めることとのギャップにありました。
このギャップに気づけないと、
会社からの期待に応えられない人事担当者になってしまうかもしれません。
脱・年功序列の実現で最後に必要になってくるのは、人事担当者の「想い」です。社会や顧客への想い、株主への想い、取引先への想い、そして共に働く人への想いがなければ、様々な抵抗に屈して改革は頓挫します。制度を変えて運用に成功している企業とそうではない企業の違いは、その原動力となる人事担当者の想いの強さにあります。総合人事コンサルティングのフォー・ノーツ株式会社の代表であり、『超ジョブ型人事革命』(日経BP )の著者・西尾太が、人事担当者に必要な3つのマインドセットについて解説します。