2024.09.09
人事にとって「離職」は悩みの種の1つです。採用難に加えて「定着せずに辞めてしまう」という課題が、人手不足をますます深刻にしています。離職率が高いのは、いわゆるブラック企業に限りません。近年はホワイト企業であっても辞める若手が増えています。その根本的な原因を探ってみましょう。
若手の離職は人事にとって永遠の課題です。少し前までは、退職率の高い企業は「ブラック企業」と呼ばれていました。極端な長時間労働やノルマを強いる、給料が安い、休みが少ない、残業が多い、ハラスメントが横行している、コンプライアンス意識が低い…。これらの問題を改善すべく2019年4月に働き方改革関連法が施行。多くの企業が働き方改革に取り組み、働きやすい環境が整ってきました。
ところが、2021年頃から「ゆるブラック企業」という言葉が、若い世代からよく聞かれるようになってきました。残業は少ないけど、スキルアップが望めない。職場の雰囲気は悪くないけど、将来性が感じられない。この会社にいても成長できない…。これが「ゆるブラック企業」の特徴のようです。
マイナビが実施した「中途採用・転職活動の定点調査」によると、転職意向をもつ人のうち、どの年代においても過半数は、自身の会社や職場が「ゆるブラック」であると感じていて、特に20代では約7割まで達しているといいます。
結果、「たしかに労働時間は減ったけど、やりがいがない」「ここにいても力がつかない。成長できない」と若手が辞めてしまう。優秀とされる若手ほど、その傾向があるようです。
このような現象は、実は今に始まったことでありません。私がそれを初めて実感したのは、20年ほど前のことでした。当時はベンチャー企業の人事部門にいた私を悩ませていたのも、やはり20代の若手が次々に辞めていくことでした。
退職の理由は人それぞれでしたが、かなりの割合で共通していたのは、「先が見えない」という言葉でした。「この会社も、働いている人たちも、仕事内容も好きですが、先が見えません。このままずっといても、自分が成長できるような気がしません」みんな口を揃えてそう語るのです。
次に転職した企業でも、同じ理由で多くの若手社員が辞めていきました。このような傾向が今はさらに強くなり、「ゆるブラック企業」と呼ばれているのでしょう。
将来が見えないというのは、若い人に限らず、誰もが不安なものです。離職率が高い企業には、ある共通する特徴があります。それは「社員のキャリアステップが見えなくなっていること」。
私が在籍していた会社では、「一般給与制」と「年俸制」の2つの人事制度が混在し、どちらの制度にも問題がありました。一般給与制は階層概念がないため、仕事に見合った適度な昇給がない。年俸制も評価基準が不明確で、キャリアステップの具体的なイメージがわきにくい。だから「先が見えない」。そのため不安になって、多くの若手が辞めてしまったのでしょう。
「人事制度は、自分の将来が見えるキャリアステップを明確にしたものにしなくてはいけない。人材育成をベースにしたものでなければならない」
そう痛感した私は、評価制度を導入し、給与制度とリンクさせ、頑張っている若手がきちんと評価を受け、それに見合った報酬を支払えるようにしました。あわせて等級制度も整え、3年後、5年後の自分のあるべき姿を意識させ、キャリアステップが明確に見えるようにしました。
せっかく優秀な若手を採用できても、その後のキャリアステップが見えていければ離職してしまいます。入社後のキャリアステップ=「ある職位や職務に就くために必要な業務経験とその順序」を具体的に示すことが必要です。当時、私が新卒に伝えていたキャリアステップは次のようなものでした。
・入社して3年程度は、現場(店舗)、または営業を中心として実務を経験する
(現場のオペレーションや商品、顧客を知る)
・その後、チーフとして、プロジェクトのマネジメントを2〜3年経験する
・30歳までにコア人材となり事業をつくる。あるいは既存事業のマネージャーとなる
「入社して数年程度は、営業などで現場経験を複数部署で経験してください。その後は本人の希望も聞いて、マネジメントかスペシャリストか、どちらかの方向に進んでいただきます。それを4年から6年経験したところで、コア人材になるという大きな壁を超えてください」
説明会や面接では、いつもこのような話をしていました。要は「30歳でコア人材になるために、少なくともそれまでは経験を積むために一生懸命働いてください」ということです。20代に複数部署で一生懸命働くことは、他社でも通用する汎用的なスキルの獲得につながることも伝えていました。
その結果、20%を超えていた離職率が半分以下に下がったのです。
当時は「ゆるブラック企業」という言葉はありませんでしたが、「この会社にいてもスキルが身につかない。成長できない」と感じた若手が離職してしまうのは、どんな時代であっても一緒でしょう。
ビジネスにおけるコミュニケーションスキルや提案・プレゼンテーションスキル、タスクをマネジメントする力などを身につければ、それは一定の汎用的スキルになります。
自社で働くことによって、様々なスキルが身につき、他社でも通用する人材になれる。このようなメッセージを発信していくことは、若手の離職防止につながります。
私がいた会社はベンチャーでしたので、「30歳でコア人材になる」という時間軸を想定していました。これは企業によって異なりますが、自社のキャリアステップを示し、その過程でどのようなスキルが身につくのか、それにはどのような汎用性があるのかまで、具体的に伝えるべきです。
また、人事制度における等級制度において「どのようなことができるようになれば、ステップアップできるのか」も、しっかりと示すことをおすすめします。
オペレーターからオペレーションマネージャー、そしてコアやスペシャリストになるためには、どんなステップを歩んでいく必要があるのか、その道筋を具体的に示すものが「等級制度」です。その道筋で求められていることを発揮しているかを確認する仕組みが「評価制度」。それによって成長を促し、本報酬に反映していくのが「給与制度」。これらの制度を見直し、周知徹底することが重要です。
「どうしたら給与がいくらになるのか」を具体的に示すことによって、社員にキャリアの道筋を具体的にイメージさせることができます。社員がどのようなキャリアを積み、どのような将来を歩んでいくのか。それを伝えるのが、人事担当者の仕事であり、人事制度の役割です。
人事制度を見直すことによって、もしあなたの会社が若手から「ゆるブラック企業」だと思われていたとしても、そのイメージを変えることができるはずです。それが若手の離職防止につながります。
※参考:若手社員の「ゆるブラック」という感覚の裏側にあるもの(サポネット)
https://saponet.mynavi.jp/column/detail/20230426185753.html
次回に続く
人事という職に就いたならば、読む“義務”がある1冊
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